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”人間失格”より
『このような時、自分の脳裡におのずから浮びあがって来るものは、
あの中学時代に画いた竹一の所謂「お化け」の、数枚の自画像でした。
失われた傑作。それは、たびたびの引越しの間に、失われてしまっていたのですが、
あれだけは、たしかに優れている絵だったような気がするのです。
その後、さまざま画いてみても、その思い出の中の逸品には、遠く遠く及ばず、
自分はいつも、胸がからっぽになるような、だるい喪失感になやまされ続けて来たのでした。
飲み残した一杯のアブサン。
自分は、その永遠に償い難いような喪失感を、こっそりそう形容していました。
絵の話が出ると、自分の眼前に、その飲み残した一杯のアブサンがちらついて来て、
ああ、あの絵をこのひとに見せてやりたい、そうして、自分の画才を信じさせたい、
という焦燥《しょうそう》にもだえるのでした。』



